大学四年生の夏

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 就職活動も終わり後は卒論書いて卒業するだけの状態だったが、俺は金に困っていた。せっかく暇になったのに遊ぶ金が無い。さぁ困った。

実家からの仕送りで生きていく事は充分可能だったが「遊ぶ金は自分で稼ぎなさい」と言う方針だったので、お小遣いは自分がアルバイトで捻出しなければならない。

が、俺は就職活動を始める時にバイトを辞めていた。今思うとシフトに入らず籍だけ置いておけば良かったのだが・・・

そんなこんなで求人サイトを眺め、何件か電話を掛けてみたりもしたが、いくらバイトでも大学四年生、半年で辞めていく事が確定している人間なんて基本的には敬遠される。

それに俺も、学生定番のコンビニだの居酒屋だののアルバイトは嫌だった。遊びたい時期ほどシフトに入る事を求められるし、今更年下ばっかりのバイトってのもなぁ・・・とつまらんプライドがあったのは確かだ。


そんな時、ふと目に飛び込んできた求人・・・

"短期大歓迎 シフト自由 出勤前日申告制"

これだ!と思った。
よくある単発の交通量調査とか倉庫内作業系の人材派遣とは違う。

バイトとしては珍しい仕事なので業務内容についてハッキリと書くこと、全て事実を書くことはできないが、とりあえず「運送」とかそんな感じの仕事をイメージして欲しい。

社会の底辺

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 面接などあってないようなもので、即時採用。

仕事も極めて簡単な内容で、まぁ車を運転できて身体障害が無ければ誰にでもできる。引越し屋とか宅急便みたいに肉体の屈強さも求められない。

そんな職場にどんな人間が集まるか、想像に容易いと思う。

全員男。年齢層は当時22歳の俺が最年少で、あとは殆ど30代40代、最年長は多分50後半くらいだったと思う。

なんと言うか、負のオーラが凄まじかった。

俺はこのバイトの前にややガテンなバイトをしていたが、そこに集まる連中はDQN系が多かったもののコミュニケーションにはそんなに難は無かった。

個人的には受け入れ難いファッションとは言え、それなりに常識的なファッションはしていた。

そして何より、年齢層も近かった。少なくとも一生バイトで人生を終える・・・みたいな人はあまり居なかった。

でも、この職場にはまともに会話ができない人も何人か居たし、全体的にジメッとした雰囲気で、ヨレヨレの服やボーボーのヒゲ、ボッサボサの髪等、その風貌で街歩くのはヤバくね?と思う人もゴロゴロ居た。

凄く差別的な表現だが、社会の底辺を具現化したような職場だった。

言い過ぎたので少しフォローを入れるが、性根の腐った悪人は全く居なかった。ただ、社会では間違いなく弾かれてしまうような人達が集結していたと言うだけの話だ。


楽だけど低賃金

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 本当に緩い仕事だった。

社員も特にノルマを課してこないし、安全運転を心掛けていればOK。一般的な運送屋と違って、そんなに時間にも追われない。

休憩を挟みつつ、ある程度常識的な量を配送していればあっという間に一日が終わる。退屈との闘いの方が遥かに厳しい。

「長時間ドライブして金もらえるならいいや」と割り切り、特に頭を使うでもなく目標を掲げるでもなく日々の仕事をこなしていた。

そんなある日・・・


激怒するリーダー

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 ついうっかり、配送漏れをしてしまった。

完全なる俺のミス。ただちに配送先と社員に謝罪して事なきを得たしそんなに怒られもしなかったのだが、何故かリーダーがブチ切れた。営業所の裏に呼び出され、個人的にお叱りを受けた。

この道10年の大ベテラン・バイトリーダー。

どうも配送漏れの件はキッカケでしかなく、俺の日頃の仕事ぶりにムカついていたようだ。

「もっと頑張れば配送量増やせるだろ」との事。

リーダーの配送量は確かに凄い。とんでもない件数を周り、額に汗して誰よりも多くの仕事量をこなしている。恐らく、休憩も殆ど取っていないし、某大手運送屋のようにダッシュで回っている。

そんなプロ意識の高いリーダーからしたら、俺みたいにゆるゆるとドライブ気分で回っている奴は許せないのだろう。

「お前もっと本気出してスピーディーに回れよ」「そんな意識だからミスするんだろ?」

止まらないリーダーの詰め。はい、はいと頷く俺。

・・・・・・・疑問が芽生えた。

コイツ、なんでそんなに頑張ってんの?


最低な人間かもしれないが、素直にそう思った。

いや、俺は最低なのだろうか?

ミスに関しては100%俺の落ち度だし、バイトだからとかそんなのは関係無い。

ただ、今リーダーが俺にやらせようとしている事は、果たして正しい事なのだろうか。

確かにリーダーは長年懸命に働いて、俺より100円か200円高い時給を貰っている。この仕事で生計を立てている。バイトの中では最も評価が高い。

でも、それでいいのだろうか。

俺はこの仕事を一生続ける気など更々無い。卒業まで、半年以内に辞める。

「お金を貰う以上、仕事には真剣に取り組むべき」と言う考えも基本的には間違っていないと思うが、
それにしても命を削るだけの待遇なのだろうか?一生の仕事でも正社員でもないバイトと言う立場で、そこまで全力で取り組むべきなのだろうか?


そして何より、リーダーの生き方をそのまま俺に押し付ける権利はあるのだろうか?

社員が厳しくノルマを課してこないのも低賃金、低待遇だからではないのだろうか?

そんな思いが頭の中をグルグルと交錯していた時、リーダーがもう一段階ボリュームを上げて怒鳴った。

「おい!聞いてんのか!やる気あんのかお前!?」

そんなにやる気ないです

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「・・・リーダーほどは無いです。来年4月から就職なんで・・・」

感情的になった部分もある。つい言ってしまった。

リーダーは凍り付いた。怒りながらも驚いたような、なんとも言えない表情をしていた。

少し金魚のように口をパクつかせた後「それでも手抜きの仕事していいのかよ?そんなんじゃ就職してからも本気で仕事できねぇぞ!」とかそんな事を言ってきた。

長時間の説教な上に、そもそも説教する権利がコイツにあるのかも分からない。俺もいい加減イライラしてきた。

「いや、待遇も責任も全然違うじゃないですか。それに手抜きはしてないです。リーダーほど本気ではやれないだけです。でも、配送漏れに関してはすみませんでした。以後気を付けます」

強引に話を切り上げその場を去ろうとした。

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「ちょっと待てよお前!」リーダーは雄叫びながら俺の腕を掴んできた。
「離してくださいよ」と振り払ったが、それでも掴みかかってきた。

何度も何度も振り払っては掴んでを繰り返し、あまりにもしつこいので殴り飛ばしてやろうかとさえ思った。

お互い息も切れるほどに小競り合い、リーダーの手もようやく緩み、やっと諦めたかと思いきや「社員に相談するから営業所に付いて来い!」と言い出した。
俺を社員に裁いてもらいたいようだ。

あまりにも面倒臭いし、この後の予定に遅れそうなので「チクりたきゃチクっていいっすよ」と捨て台詞を吐いて帰った。

正直、クビならクビでいいやと思った。

お咎め無し

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 何も無かった。マジで何もなかった。
解雇の電話が掛かってくる事も、後日出勤した時に社員から諭される事もなかった。

リーダーがチクリを入れたかどうかも分からない。

リーダーとの関係は悪くなったが、挨拶と業務的な会話だけはした。

陰湿なイジメが始まる・・・とかも特になかった。使命感に燃えるリーダーはともかく、他の人達は誰かを傷付けたり、過度に干渉したり、闘いを挑むような人種ではなかったと言うのも幸いしたとは思う。

結局、そのバイトは予定通り卒業前に辞めたのだが、あの日の一件は俺の中でどこか未消化のまま燻っている。

その後社会に出て働き始め、それなりに時が流れた。

一応自分が選んだ仕事ではあるし、やり甲斐も見出すことができた。待遇にも満足している。俺なりに全力で取り組めている。

リーダーの言っていた「そんなんじゃ就職してからも本気で仕事できねぇぞ!」は丸っきり嘘だった。


歪んだ使命感を持つな、押し付けるな

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だからこそ、ブラックバイトだのブラック企業だの過労死だの、劣悪な労働環境が報じられる度に思うことがある。

「そこ、命を張るべき場所?」

あのリーダー、そんなに悪い人じゃない。むしろ真面目な良い人。

でも頭が悪いから歪んだ使命感に燃えて結果的に誰かの足を引っ張っちゃう人。

ブラック企業で奴隷のように働いてる人達に悪気なんて一切ないと思う。
だけど、その人達が社会悪なのは間違いない。可哀想だが社会悪。

その待遇を受け入れるからブラック企業がのさばり、奴隷を馬車馬のごとく酷使し業績を伸ばし、社会で幅を利かせる。ブラックが"普通"になっていく。

完全に洗脳された奴隷ともなると、ブラックに染まるべき!みたいな謎の信念を持ってそれを押し付けてくる。

ブラックなんて辞めても平気、今よりマシ。さっさと辞めるべき。せめて手を抜いてテキトーにやるべき。

殆どの場合、お金とやり甲斐は正比例する。仕事は人生の全てじゃない。あくまで彩りの一つ。

洗脳された奴隷には届かない言葉かもしれないが、非情な言葉かもしれないが、個人的には彼らは被害者ではなく加害者だと思っている。