三振する勇気を持て!

201510040005_000_m

こないだ飲んでいた時に「過去の自分に一行だけメールを送れるなら・・・」と言う話になった。

その時、フッと浮かんだのがこの一文。
それが当時の自分の実力と言ってしまえばそれまでだが「あの時気付いていればなぁ」とずっと悔やんでいる。

バッターの失敗の代表格とも言える結果、それが三振。

空振りあるいは見逃しでボールがバットに当たらず、走るまでもなくアウト。

ただアウトになって一塁に走る機会すら与えられずベンチに戻る。

まぁ三振は単純にカッコ悪い。ダサい。

だけど、過去の俺に強烈に伝えたい。
「三振する勇気を持て!」と。

三振が少ないバッター

ダウンロード (7)

甲子園を目指してたとかそんなレベルの話ではないが、俺は青春の大半を費やす程度には野球少年だった。

休みなんて年に数日しか無かったし、寝ても覚めても野球。とにかく野球中心の生活。手は歪なマメでボコボコ。

決してセンスのあるタイプではなかったが、小学校入学から高3の夏まで野球を続ける中で「これは平均以上だ」と誇れるポイントはあった。

それは、ミート力。ボールをバットで捉える力は人並み以上だと思っていた。

事実、他の選手と較べても打率(ヒットを打つ確率)は高かったし、三振数は極端に少なかった。

確か中3の時は年間通して5つ以下だったと思う。

少し謙遜して書いたが、当時はかなり自信を持っていた。これは俺が日々の努力で築いた証だと、三振が少ないバッターであることに誇りを持ってプレーしていた。

高3の夏に負けて野球人生に区切りがついてからも、低いレベルなりに「俺は三振少なくてヒット多い価値のあるバッターだった」と思っていた。

データが導き出すバッターの価値

lean-startup-xp2014-201496-4-638

現役の頃はそんな暇も無かったし、仮に観る時間があったとしても「もう野球はいいよ・・・」とチャンネルを変える事も多かったが、いざプッツリ離れるとやっぱり野球が恋しくなった。

わかっちゃいた事だが、改めて見るとプロのレベルはとんでもなく高い。

俺やその周りの凡人達が必死こいて磨き上げた技術がハナクソに思えるくらいプレーの一つ一つが異次元、人外の領域。一試合の中に感動がいくつあるか分からない。

いつしか俺は、十数年ぶりに「野球を観る楽しさ」を思い出していた。

上京した事もあり、シーズン中は頻繁にスタジアムに足を運ぶようになった。

そして、ただプレーを観るだけでなくデータを用いて選手の価値を知りたいと思い始めた。

間が多いこと、白黒ハッキリしやすいと言う理由もあるのだろうが、野球は数あるスポーツの中でもかなりデータによって実力が証明しやすい競技だ。

そうなれば自ずと気付く。自分にはどれほどの価値があったのかと。

結論から言うと、思っていたより遥かに価値の低いバッターだった。

三振を恐れるあまり価値の低いバッターに

C3jUfcfVcAQefoi

俺は追い込まれる(三振にリーチがかかる)前に積極的に勝負し、比較的短い距離を飛ばすヒットばかり狙っていた。遠くに飛ばすより成功確率が高いからだ。

それはある程度俺の狙い通りになり、短い距離のヒットをそれなりに高確率で打っていた。

それ故に自分を確実性のあるシュアなバッターだと誇りに思っていた。

だが、本質は全く違う。

・ヒットにも価値の違いはある
・遠くに飛ばすほど価値のあるヒットになる
・遠くに飛ばそうとすると三振も増えるが、三振もそれ以外のアウトも基本的に価値はあまり変わらない

これに気付けていなかった。

三振を過剰に恐れ「小さな成功」ばかり追い求めていた。

これが、努力した結果遠くに飛ばすことがどうしても無理・・・と言う話ならまだ諦めもつくが、俺の場合は違う。

三振を過剰に恥じ、恐れ、本当の意味での成功を求めずええカッコしていた。
本当の成功とは何かを理解していなかったのだ。

故に、正しい努力も心構えもできていなかった。

三振はホームランの母

7398384e

イチロー等例外は存在するが、大打者、価値の高いバッターは基本的にホームランと三振が多い。

技術的な話をすれば、フルスイングすれば空振りの確率も高まる。

ホームランにできるような球を狙っていれば、それ以外の球は見逃してしまう事も増える。

だけど、三振を恐れて三振しない事ばかり考えていては俺のように価値の低いバッターになってしまう。

大打者は見逃す勇気を持っている。

遠くにカッ飛ばす為に、狙った球以外は平然と見送る。追い込まれることになろうとも待つ。

三振も辞さない。

技術が同じくらいの選手でもここの考え方、取り組み方の違いだけで大きな差がつく。

当然、努力の方向性も変わってくる。

気付きたかった。気付けなかった。

だから過去の自分に送りたい。

「三振する勇気を持て!」と。

まぁ、当時の俺がその一行だけで理解できると思えないが・・・

人生のバッターボックスでも三振を恐れるな

CnpZKAHUIAAQm8g

人生でも三振する勇気は必要だと思う。当然三振を目指せと言う訳では無い。

失敗を過剰に恐れ、比較的簡単に打てるヒットばかり狙っていないだろうか?

進路や人間関係でそんなショボいヒットを狙っている人をよく見かける。

俺もその一人だ。

モテない人間、自信の無い人間だったから「よく選ぶ」と言う事を長年していなかった。

好きになってくれた人とは無条件に付き合っていたし、やらしい話、確率の高そうな女には手当たり次第積極的にアプローチしていた。

それで何が得られたか?
全くもって無駄だったとは言わない。経験にはなったしそれなりに自信もついた。快楽もあった。

だけど、ホームランではなかった。
本当に心の底から人格を愛し、生涯を共にしたいと思えた相手は居なかった。

三振しないに越した事はないが、幸せを得ようと思ったらある程度三振を覚悟して見逃し、狙い球を絞ってフルスイングしていこう。

「ホームランを打てるだけの努力」は必要だが、野球でも人生でも、一発のホームランでこれまでの三振が全てチャラになるなんて事は結構ある。

野球はともかく愛に関しては大ホームランを打てた今だからこそ、そう思う。