人間は考えれる幅が広いほど得

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 「勉強に何の意味があるんだよ・・・」

思春期にこんな疑問を抱いた事のある人は多いだろう。

俺も退屈な授業や塾通いに嫌気が差し、母親に全く同じ言葉をぶつけた事がある。

その時返された言葉がこれだった。

以前、国語力についての記事を綴った(※いい恋愛をしたいなら国語力を高めよう)が 、これと理屈は同じだ。

知識を蓄積し思考力の土台とする。 詰まる所、勉強は思考範囲を広げる為の訓練だ。

学が無くても得をしてる人は確かに居る。だがそれは、仕事や逆境に耐えぬく生活等、学業とは別の方法で思考範囲を広げる為の訓練をしてきたからだ。


思考範囲が狭い人は損

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逆に言えばこうなる。

「物事はシンプルに考えなさい」とよく言うが、単にヤマカンや行き当たりばったりの行動を取るのではなく方法や結論をシンプルにしなさいと言う意味で、やはり思考範囲がある程度広くないと単純化する事は難しい。 

思考範囲が狭い人は、具体的にどこに考えが及ばないのか。

大きく2つに分けられると思う。

①過去や未来

過去から学ぶことができない(学習能力が低い)、未来を見据えた思考ができないと言う時間的な範囲の狭さが挙げられる。未来を見据えると言っても時代を先取りするとかそんな壮大なものではなく、少し先の未来の話だ。

大した考えもなく「その時やりたかったからやる」と言う実に単純な思考で行動に移してしまう。

ムシャクシャしてやった、ムラムラしてた、好きだからしょうがない・・・

②他人や社会

自分以外に思考が及ばない。

頭の悪い人達が自分本位、もしくはごく狭い身内の利益を中心とした独自の倫理観を形成しているのが良い例だ。

俗に言う「うちらの世界」でしか通用しない行動を平気で取って周囲に迷惑をかけてしまう。


想像力の欠如

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「思考範囲が狭い」を別の言葉で言い換えるなら、これが一番適切だ。

知識や経験の不足が想像力の欠如を招く。普通なら想像できるはずなのに、自分には想像できないと言うのは致命的だ。

当然、自らの行動によって起きる事態を受け入れる覚悟も持てないので結果的に、想像できない事態を引き起こしてしまってから慌てふためく事になる。


近年は、思考範囲の狭い人々がネットで更に可視化されるようになった。

古くは前略プロフィール、少し前ならmixi、最近ならTwitterで炎上する人達。このブログを見ている人なら分かると思うが、信じられないほど突飛な相談メールを送ってくる人が確かにこの日本に存在するのだ。

このブログを盛り上げる為の創作ならありがとうございますと言いたいが、とりあえず真実とした上で話を進める。

彼らの倫理観が独特と言うのもあるが、やはりネットに対する知識の不足、それに伴う想像力の欠如がその根底にある。

俺もそんなに褒められるような品行方正な人間ではない。犯罪自慢をするつもりは毛ほどもないが、民度の低い街で思春期を過ごした訳だし、ある程度は「まぁガキの頃なら多少は・・・」と寛容にもなれる方だ。

だけど、それをネット上に公開してしまうのはやっぱりどうかしてる。

その承認欲求を満たしてくれる人間はそう多くない。自分の生きる世界の倫理観が世間一般的なものとは異なると事実に気付けていない。

思考範囲が広い=幸福?

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ここまで偉そうに語っておいてなんだが、これに関しては少しだけ自信が無い。

知らなくていい事もあると思うし、見下す訳でもなんでもなく思考範囲が狭い人を「幸せそうだな」と感じる事が多々ある。

学業を疎かにして日本社会の偏差値競争からドロップアウトし、経済的な面で損しているのは確かだ。

犯罪者の学歴データを見る限り、リスクを計算できず娑婆から隔離され損している人間が多いのも確かだ。東大生の親の収入が全国平均を大きく上回るのも、つまりはそう言う事だろう。

だが、知らないものは知らない、想像できないものはできないままで不安や悩みから解放され本能の赴くままにストレスフリーで生きれるのは実はかなりのアドバンテージではないだろうか。

「俺が好きなモノは好き!嫌いなモノは嫌い!やりたいからやる!やりたくないことはやらん!後は知らん!」な生き方って、実は凄く幸福なのではないだろうか。

・・・とか書きながら、でもやっぱり真似したくないしできないなと思った。

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食欲や性欲と同じように、人間には知識欲、探究心と言う本能が備わっている。

たとえ傷付いたりマイナスな感情を抱く羽目になろうとも、やはり思考範囲は広げたい。

目を瞑り、耳を塞ぎ、心を閉ざして思考停止で生きていくのは確かに楽だろう。

だが、この世界の不条理や残酷さを受け入れ、それでも逃げずに考えていきたい。

思えば母は息子への愛は深いがそれと同時に、いや、それ故に厳しい人間でもあった。

多分、伝えたかったのはそう言う事なんだろう。