俺は尾崎豊の熱心なファンではない

images (3)

最初に言うが、俺は尾崎豊の曲が好きだ。

だけど、熱心なファンとは言えない。有名どころの曲を数曲知ってる程度だ。

 「15の夜」「卒業」「僕が僕であるために」「シェリー」「I LOVE YOU」「OH MY LITTLE GIRL」くらいだろうか。

年齢がバレてしまうのであまり言いたくないが、世代でもない。

10代の教祖と言われていた当時を知らない。

「バイク泥棒」「ヤク中」「ただの馬鹿」「ダサい不良」

ダウンロード (3)

尾崎豊、15の夜に対して、こんなイメージの人が多いだろう。

俺もそうだった。

「盗んだバイクで走り出す」は「夜の校舎窓ガラス壊して回った」と並んで、世代を超えてインパクトを残すフレーズだった。

尾崎豊の死に様も理由の一つだろうが、「不良」「ならず者」と言うイメージを植え付けるには充分過ぎる威力だ。

でも、本当にそうなのだろうか?
彼が歌った「15の夜」は不良の犯罪自慢ソングなのだろうか?

尾崎豊のプロフィール

aoyama

目に止まるのは「青山学院大学高等部中退」と言う最終学歴。 

一応、一般受験で合格している。
3年時に悪さをして停学→留年のコンボで中退しているようだ。

だが、頭パッパラパーなヤンキーが入れるような学校ではない。

そんな連中が行くような高校とは偏差値が倍近く違う。

当時の青山学院のレベルが今と大差ないと言う前提で語るが、一般的な公立中学なら学業では結構な上位につけていたと思われる。

中学時代は生徒会長を務めていたそうだ。

俺がイメージする普通の少年
親に「勉強しろ」と言われる。
塾に通わされる。たまにサボりつつも勉強する。

学校に通って、良い内申点を取ろうと「それなりに」真面目に取り組む。

大学受験も視野に入れたいので、地元で「バカ高校」と言われるようなレベルには絶対行きたくない。

それなりのレベルの高校に合格する。
でも、その喜びも束の間、すぐに大学受験戦争の足音が聞こえてくる…

まぁ、俺の少年期だ。周りもこんなのばっかりだった。

エリートコースを走るでもなく、学業ドロップアウトコースを走るでもない。

社会に出る為、親が敷いたレールに乗る。現実的なレールに乗る。

でも、あの頃の少年ってそれだけじゃないよね。

反抗

image3

そう、不良じゃなくとも反抗的な態度に出る。

思春期と反抗期、大体似たようなもん。

オトナに較べて少年は不自由だ。
自由を勝ち取る力は無いけど、自由になりたい。だから、自由を邪魔するものに反抗する。

代表的な所ではまず、陰で先生を呼び捨てにする奴が圧倒的に増える。先公なんて言っちゃう奴も出てくる。

親にも反抗が増える。
今にして思うと、なんだったんだろう?と思うようなしょーもない反抗だ。

drink
 
進学校であっても飲酒や喫煙を中学・高校時代に経験する奴が多い。

中学・高校時代に飲酒する奴らを馬鹿にしてた連中でさえ、19歳になると新歓でごく普通に飲酒する。

少しレベルは落ちるが「チャリ通」「買い食い」「夜遊び」と言ったルール違反を思春期にした奴は多いだろう。

最近だと「割れ」「ネットリンチ」なんてのもそのひとつかな?

万引きはできなくても割れはできる、いじめはできなくてもネットリンチはできるって人はかなり多いだろう。

ガリ勉、マジメくんなんて言葉もあるように、素直に従順にレールの上を走る連中はカッコ悪いと言う風潮に支配される。

自己矛盾
反抗的な態度に出つつも、レールにはしっかり乗っている。

不登校になったり、勉強を完全に辞めてしまう事はしない。

学校に行って「それなりに」真面目に授業を受けて受験戦争に向けて内申点を稼ぐ。

親にしっかり養ってもらう。
中学卒業後、親から離れ自立すると言う選択はしない。

「不良」と呼ばれる多くの連中と違い、レールから降りようとしない。

少年でも、レールに乗ることが現実的に自分の人生にとってプラスだと理解しているのだ。

でも、反抗したい。親に、先生に、社会に反抗したい。

でも、いくらイキがって反抗しても、所詮レールから降りれない15のガキ。余りにも無力だ。

すごく共感できる。
別にバイクは盗んでないしガラスも割ってないけど、あの頃の「無力な反抗」には共感できる。

俺も皆も、そんな感じだった。 
 
そんな自己矛盾への葛藤をした人は多いだろう。

俺はあまり葛藤せず「なんとなく」レールに乗り「なんとなく」反抗していたが…


反抗しても自由にはなれなかった
  
改めて「15の夜」の歌詞を見てみよう。
落書きの教科書と外ばかり見てる俺
超高層ビルの上の空 届かない夢を見てる
やりばのない気持の扉破りたい
校舎の裏 煙草をふかして見つかれば逃げ場もない
しゃがんでかたまり 背を向けながら
心のひとつも解りあえない大人達をにらむ
そして仲間達は今夜家出の計画をたてる
とにかくもう 学校や家には帰りたくない
自分の存在が何なのかさえ 解らず震えている 15の夜

盗んだバイクで走り出す 行き先も解らぬまま
暗い夜の帳りの中へ
誰にも縛られたくないと 逃げ込んだこの夜に
自由になれた気がした 15の夜
20130517005435

「自由になれた15の夜」ではなく「自由になれた気がした15の夜」だ。

盗んだバイクで走っても、尾崎豊は自由にはなれなかったのだ。

その後も「自由を求め続けた15の夜」と続く。やはり自由にはなれなかった。

それ以外の歌詞からも、自由を求める少年の虚しい反抗が伝わってくる。

なんだかんだ学校行って、着席して授業受けてる。

金もアテも無くなって帰宅するハメになるの目に見えてるのに、家出の計画立てちゃってる。

尾崎豊が15の夜で表現したもの
不良ではなく、レールの上を走り、学業優秀。

でも、自由に生きたかったから自由を奪うものに反抗した。

しかし、自由は手に入らなかった。 無力な反抗だった。

尾崎豊が本当に盗んだバイクで走り出したのかどうかは知らない。

だが、当時は教師の体罰含め校内暴力や暴走族が猛威を振るっていた時代だ。

レールから降り、反抗心そのままに行動していた「不良」がわんさか居た。

そんな時代背景をセットで考えると「普通の少年」だった尾崎豊が「反抗心」を「盗んだバイクで走り出す」と比喩しても何もおかしくない。

尾崎豊が歌ったのは「普通の少年の思春期の自己矛盾に対する葛藤」だ。