イジメの定義

いじめとは、「肉体的、精神的、立場的に自分より弱いものを、暴力差別いやがらせなどによって一方的に苦しめること」である。  松村明「大辞泉」小学館  
イジメる奴が絶対悪い

凄く正しいと思う。イジメなんて無くなればいいと思う。
でも、その崇高な理想通りの自分で居れる人って凄く少ないとも思う。

多摩川で中1の子が年上のヤンキーどもにボコボコにされた後、イスラム国の処刑を真似て首切られて殺された事件あったじゃん?

あれのニュース見た時とか凄く胸が傷んだ。その後、犯人の自宅が特定されて次々と嫌がらせされてるニュースを見た。

川崎中1事件舟橋龍一自宅落書き01

その時の俺の、偽らざる正直な感想は「おいおい、家族が可哀想だろ。本人だけにしとけよ」「あ、けど両親も同罪みたいなもんか」だった。

俺は、あの犯人が義憤に駆られた集団にリンチされて殺されたとしても、多分喜んでしまう。

美化されるイジメ被害者像

イジメと聞くと「なんの罪もなく、気弱で良い人」を被害者像としてイメージする。

「空気読めない」「キモい」「オタクっぽい」「ショボい」「勉強や運動が極端に苦手」 とかそんな理由でイジメられてると想像する。

でも、世の中で起きてるイジメってのは俺が思う「嫌な奴」「悪い奴」が被害者の場合も多いと思う。 

俺は腕っ節も強くないし、見た目も威圧的ではない。喧嘩なんて小学生の頃に友達とポコポコやり合った程度だ。

俺にとってヤンキー系の犯罪者の多くはその風貌や言動、普段の立ち振舞いから「俺より弱い」と言うイメージはあまりない。

しかし、社会的には間違いなく「弱い立場」なのである。気付かない内に俺はイジメを肯定してしまっていた。

俺が気に入らない奴はイジメたい、イジメられて欲しい

これが俺の本音なんだと思う。

俺のような人、多いと思う。「炎上」の本質も大体そんなもんではないだろうか?

事のデカさにもよるが、Twitterで未成年が飲酒喫煙画像をアップしている程度なら「学校に通報」 で万事OKのはずだ。

でも、それだけでは満たされず、更なる私刑を加えようとする。イジメにかかる。

相手が反撃してこようものなら「お?反省の色が見えんなぁ、もっとイジメたる」とエスカレートする。

イジメ加害者の炎上なんかはリアルにその矛盾が浮かび上がる。

「イジメる奴は悪い奴だからイジメる」

人間の理念と本質は必ずしも一致しない。

俺のイジメられ経験

俺はイジメられた経験もイジメた経験もある。イジメられた事は、俺の中ではそんなにトラウマではないし、多分俺自身イジメと捉えていなかった。

でも、冷静に受けた仕打ちを振り返ってみると、あれはイジメだったんだろうな。

俺が相手を見下してたのか自信過剰だったのか、戦えそうだと思った相手とは戦っていた。

勝てそうにないと思った相手(先輩等)とは上手く仲良くなろうとしつつ、適切な距離感を保っていた。

明らかにイジメと取れるような仕打ちを受けても、追い込まれる前に全て解決していた。

まぁ、解決したからと言って俺のことをイジメてきた奴は許せないし、今でも嫌いだけど。

俺のイジメ経験

イジメた時は、 自分の中に「正義感」があった。気の弱い友達を守ってあげているつもりだった。

期間としてはすごく短いものだったが、
俺の友達をイジメる奴を、俺がイジメた。

友達が「キモいんだよ」と言われたら、すかさず俺が「いや、お前のがキモいしw」と言って笑い者にした。

友達が弁当のオカズを大量に奪われたら、俺が「お、たくさんあるねーちょっとくれよ」と言ってそれを上回る量を奪った。もちろん大半は友達に分け与えた。

黒板や机に悪口を書いたりもした。あえて周りでニヤニヤしながら反応をチェックして「俺だぞ」とアピールした。

すぐに、友達はイジメられなくなった。大義名分が無くなった俺はイジメをやめた。

明らかに俺は間違っていたと思う。
まず、「友達をイジメから守る手段」は他にもあった。それがイジメである必要はなかった。

「お前、やめろよ。こいつ嫌がってんじゃねーか!弱い奴相手にイキがってダセーんだよ」と言えばよかった。

それだけで充分やめさせる事ができたはずだ。なぜ、それをしなかったかと言うと、これはもう…

俺の友達をイジメる奴を成敗したい、私刑を加えたい、 イジメたいと言う気持ちがあったからだ。

薄っぺらい言葉かもしれないが、凄く反省しているし申し訳ないと思っている。
今でもふとした瞬間に、イジメてた相手の悲痛な表情を思い出してしまう。

恐らく、今後もずっと思い出すだろう。それが、イジメと言う罪の重さなのだろう。それを全く感じない奴も居るらしいけど・・・

死を願うイジメ

ダウンロード (1)


最近、酒鬼薔薇聖斗、元少年Aが本を出した。
金儲けの為に自らの犯罪をネタに本を出し、強烈なセカンドレイプを行った元少年Aに批判が殺到している。

遺族による民事訴訟で元少年Aの現在の住所氏名を明らかにしようと弁護士達も後押ししている。

「そうだそうだ!こんな事許されるか!やれやれ!」こんな声が大半だろう。俺もそう思った。

でも、元少年Aの現在の住所氏名が公になって・・・・皆、どうしたいんだろうか?

恐らく、大半は自ら猟奇殺人犯と対峙する気にはならないだろう。近隣住民も逃げ出すだろう。つまり

「誰かにイジメて欲しい」

だと思う。もはやこのレベルになると、イジメを通り越して暴行や殺害まで願う人も多いのではないだろうか?

胸糞悪い話だが、元少年Aは法律上、許されている。罪を償ったのだ。犯罪をネタに金儲けする事も、許されている。

それでも、感情的に許せない人が大多数だろう。 そして、感情的に許せない人は私刑による死を期待している。 

惨たらしい目にあってほしい、誰かやってくれないかなと願っている。俺も感情的にはそう思ったのだが、それじゃいけないな。と言う気持ちも出てきた。


イジメに正義はない

確かに、自衛は必要だ。振りかかる火の粉は払わなければいけない。大事な人を守る為に戦わなければならない。

愛する人を殺されたら、自分の人生を捨てる覚悟で報復すると言う人は沢山いるだろう。

そのくらいの覚悟があるのなら、アリだとも思う。イジメじゃないしね、それ。敵討ち、仇討ちだよね。

でも、イジメに関してはそんな覚悟、絶対ないよね。イジメられた奴は一生モンのトラウマを背負うかもしれない。死ぬかもしれない。

覚悟なくイジメた奴も罪悪感で苦しむかもしれない。

理想の自分に近付けるように

どんな奴でも、例外はない。イジメる奴が絶対悪い。 

自分に都合のいい例外を作ったり、イジメの定義を捻じ曲げたりしないようにしよう。 



人気ブログランキングへ